まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集②「塔」
8/13(2010.10.20更新)



塔写真撮影者:らら(photost.jp)


(4)

 下り東名高速は混雑もなく、そのため特に眠気も感じずに済んでいる。達矢は時おり起きて外の景色をぼんやり見ては横になり、それを何度か繰り返していた。

 まだ達矢が小さかった頃、当時は妻の恵子も元気で、盆暮れに名古屋に向かうのが定番だった。貴夫自身若くて体力もあったので、節約のために高速道路を使わず一般道で行くことも多かった。

 時間は掛かったが、高速道路と違って景色が見やすくめまぐるしく変わる国道一号線での帰郷を、幼かった達矢はすごく喜んだ。だから貴夫も時間と体力に少しでも余裕があれば、進んで一般道を選択した。

 特に達矢が気に入っていた場所が何ヶ所かあった。東京方面からみて順に、蒲原の海沿い、静岡周辺のバイパス、浜名湖、豊橋駅前だった。当時それらの場所に差し掛かると、達矢は時に歓声を上げ、時に目を輝かせて黙って車窓を見つめ、時にUターンしてもう一度通ってくれと切実に訴えた。小回りできる豊橋駅前だけは、何度かわざわざ戻り、市電と併走したり後ろを付いて走ったりした。

 あの頃が本当に懐かしい。小さい達矢はなついて可愛く、自分も若く体力があり、妻も健康で母親も健在だった。そんな、人から見れば些細だが、充分に幸せを実感できる状況。それが今は一枚一枚剥がされ、当時の状況が跡形もなくなっている。

 走行車線をいいペースで走る貴夫の目が、じんわりとかすかに滲む。時間っていうのはまったく無常だなと、あらためて思った。


◎→次へ◆○