まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集②「塔」
4/13(2010.10.20更新)



塔写真撮影者:らら(photost.jp)


(3)

 車は順調に距離を稼いでいった。

 秦野中井をすぎ、大井松田をすぎる。高速道路自体は明るいが、首都高と違って周囲の景色は暗かった。

 バックミラーで後部座席を見ると、達矢は横になって寝ていた。

 それにしても、よく来る気になったものだと、貴夫はあらためて思った。ここ三ヵ月は近所の買い物以外、外出はまったくしていなかった。

 兄の和寿が言うように、本当にこれが一つのきっかけになってくれれば、と貴夫は思った。

 高校までは、順調だった。

 県立だが進学校で、そこでの成績も悪くはなかった。何かで表彰されることはなかったが、逆に何かで呼び出しを受けたこともなかった。

 大学も志望校がストレートで受かり、通いだしてしばらくは順調だった。

 いや、しばらく順調だったように見えたのは、親の見過ごしのようだった。達矢は入学して間もなく、大学に行かなくなっていた。

 これがもし中学や高校であれば、連絡なしで休めば問い合わせが来るので把握できるのだが、大学では学生の勝手な休みなど把握できるはずもなく、気づかないまま日が過ぎていった。

 達矢は朝、家を出ると大学に行かず、街をうろついて時間をつぶしていたらしい。大学に行ったフリをしていたのだ。しかしその行為が後ろめたく、当人にとって大きな心の負担になっていたようで、日が経つにつれて家を出て行くのが遅くなり、そのうちに行かない日が増えていった。それで不登校と分かったのだが、もし達矢が大学に行くフリをしっかり続けていたら、もっとずっと先まで分からずじまいだったかもしれない。



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