まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集①「お好み焼き」
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「ふうん、本店から来るのか」

 隣の台で打っている小森が、まるで他人事といった感じで答えた。小森にとっては、後輩のぼやきよりもパチンコ玉の行方の方がよっぽど気になるに違いない。

 遅刻の常習犯、小さなミスなどしょっちゅうという小森は、支店最年長のヒラの営業だ。おそらく他の支店を探しても小森の年齢でヒラという者はほとんどいないにちがいない。出世など諦めきっているようなその職場での振舞いは、若手を中心に、あんなふうにはなりたくないと少々見下されている面があったが、しかしその半面明るく人当たりがよく、付き合いも金払いもよいので、社員全体を通しては好かれていた。

 仕事上の大失敗をしてしまったその日、渉はとても真っ直ぐ家に帰る気が起きず、何故だか小森の顔が浮かび、小森の行きつけのパチンコ屋に顔を出した。

 失敗をしたあと、夕方からは内勤に当たらされた。いつ届け出た警察から遺失物の連絡があるか分からないからだ。渉は書類作業の合間、机の右端に置かれた携帯電話を何度もにらみつけた。警察には支店の番号の他に、この、会社から貸し出されている携帯電話の番号も伝えていたので、いつ鳴り出すかと期待を込めた視線でもあったが、それとは別に恨めし気な感情も含まれた視線だった。これを会社に置き忘れていなければ、今回の失敗はなかったのだ。

 帰り際、渉の直属の上司である三橋が困り顔で寄ってきた。万年困り顔の男なのだが、今日のそれはいつもと比べ物にならないくらい際立っていた。  
「明後日の夕方だそうだ。本部から役員が来て一緒に謝りに行くことになった」
 型通りの神妙な態度を取っていた渉だが、背中には生温かい汗が筋を作っていた。


 渉がカバンを置き忘れたことに気付いたのは、その電話ボックスを出て車に乗り、十分程走ってからだった。渉はその瞬間顔が青ざめ、サイドブレーキを思い切り引っ張ってスピンターンをしたくなった。しかしどうにかそれを思いとどまり、安全運転安全運転と唱えながら、カバンを置き忘れた電話ボックスに戻っていった。

 午後の日差しは電話ボックスに死角を与えず、一瞥してカバンがないのが分かった。少し離れた所に車を停めた渉は、こんな事態なのに何故かうろたえながら探すことに強い抵抗を感じ、電話を掛ける振りをして、ゆっくりと電話ボックスに近づいた。

 なくした革張りのカバンに現金は入っていなかった。が、客と交わした契約書が数枚、入っていた。