まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>流辺硫短編小説集③「雪下ろし」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8/8(2010.2.20更新) |
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(5) 二日ほどヨーさんは顔を出さず、その次の昼過ぎに現れた。痛風の発作で寝込んでいたと言うことだった。 「もうな、腫れちゃって痛くてさ、靴も履けないんだよ」 「それで大丈夫なの、雪下ろし?」 「平気平気。不思議なもんで発作のとき以外はなんでもないから。村でなったら一日休ませてもらうよ。次の日倍働くから」 それより、とヨーさんは笑顔を引っ込めた。雪下ろしツアーの件、やはりもう一人仕切れる人間が必要だと、しわがれ声を響かせた。 確かにそうだった。いまや受け持つ村は六つ。距離もあり、ヨーさん組とヤマ・大島組の二班だけで動くのでは効率が悪かった。出来れば三班に分けたいところだ。 「五十嵐にちょっとだけ来て貰うってのはどうかな」 「うーん、それができるならヤツは断ってこないだろうなァ」 「松浦は?」 「あいつは犬の散歩のために登山もスキーもやめちゃったほどだから」 「……」 おれは一昨日と昨日、片っ端から連絡を取っていったことを話した。やはり皆、生活が落ち着いてきて、たとえ短期だろうと家を離れられないと伝えてきた。中にはヨーさんの言ったとおり、体をこわして身動きが取れないという者もいた。いつの間にか、軽く腰を上げられない世代に突入してしまっていたのだ。 「アーア。おれたちも高齢化だなァ」 万歳の格好で後ろに反り返りながら、ヨーさんが吐き捨てるように言った。 ガラガラ、と建て付けの悪いガラス戸が開いて、一人の男が入ってきた。 客だと思っていらっしゃいと言ってしまったのは、その男、以前アルバイトの常連だったカズヤの髪の毛が、著しく後退していたからだった。 「久し振りだなァ、おい」 おれとヨーさんは二人揃って声を上げた。 「すみません、いきなり来ちゃって。実は五十嵐からトモ先輩たちが困っていると聞いたもので……」 五十嵐と共に雪下ろしツアーの大事な戦力だったカズヤは、結婚を機に六年目から不参加となり、こちらの名簿からも外れていた。その男が、おれたちの今の悩みを解決することになろうとは。 おれたちの話を聞くと、カズヤは即座に雪下ろしツアーで第三班を任せてくれと言った。二ヶ月前に離婚をし、それを区切りに仕事も辞めてしまったのだと胸を張った。 「失業保険も出るし、半年間は何もしない予定です。昔とおんなじ身軽な独り者ですよ。あァでもウキウキするなァ。どうして結婚なんてしちゃったんだろう」 離婚した上にこんな不謹慎なことを言うヤツがお年寄りの手助けをすることになるのかと思うと、おれはなんともすごい因果に笑いが込み上げてきた。 三人で話が盛り上がり、ヨーさんも今日は中々帰ろうとしない。そして事務所を出て行ったと思うと、缶ビールを三缶持って戻って来たのだった。 「いいんですか、痛風と骨折中の人が真昼間っからアルコール体に入れて」 カズヤがからかいながらプルトップを開ける。相変わらずの軽口だ。離婚直前の家の中ではさぞかしつらかっただろう。 何にカンパイしましょうとカズヤに訊かれたヨーさんが、 「決まってんだろ、五十嵐の結婚にカンパーイ!」 と、からかうような口調で缶ビールを高々と揚げた。 ― 了 ― |
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「雪下ろし」は今回で終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。 流辺硫氏の次回作は近日更新予定です。 |
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