まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集③「雪下ろし」
7/8(2010.2.10更新)



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「ようするに、おれたちも歳を取ったってことだよ」

 いつものしわがれ声でヨーさんが言った。

 ヨーさんはおれより一つ歳が上だということだが、本当のところは分からない。なにしろ本人がそう言っているだけなのだから。北海道の無人駅で知り合って意気投合した、十年来の友人だ。バイクやローカル線で全国をさまよい歩き、そうしていない時は友田なんでも屋商事のアルバイト長だった。

 特に、冬の雪下ろしツアーでは、貴重なパートナーだった。コータとヨーさん、この二人がいたから、おれは好きなようにこれまでやってこられたのだ。

「コータの言うことももっともだけど、それだけじゃないよ。やっぱりここの連中もきっちり十年、歳を取ってるんだよ。今までの常連はみんな仕事や家族の比重が大きくなってるだろうし、二十代前半と違って、まず出かけるということに億劫になってるだろうからな。トモさんだって年齢差が広がってきたから部室とは疎遠だろ」

 ヨーさんの言う通りだった。やはり一番動けるのは学生だから、以前のように部室に足繁く通ってアルバイトを調達してくるのが一番だとは思うのだが、おれももう部長だった頃から十五年も経ち、どうも顔を出しづらくなっていた。

「でもおれたちが十、歳を取ってるのと同じで、じっちゃんばっちゃんたちも取ってるんだよなァ。知り合った頃よりもさらに手伝いが必要なんだ」

 そう言ってヨーさんはノートの名簿を開いた。しばらく目で追い、計七人か、まいったなァ、と重く呟いた。

 FMが小さく流れ、冬の弱々しい日差しが入り込む小さな事務所の中で、ひげ面の男二人が黙り込んでいた。

 おれが骨折して事務所にいるようになってからは、ヨーさんは毎日のように顔を見せるようになった。しかしいずれも昼で、おれの他に誰もいない時を見計らって来ていた。しっかり仕事をしてきたアルバイト連中の前で、仕事をしてない〝顔〟ぶったヤツがうろうろしてちゃ雰囲気悪くなるからな、と言うのがヨーさんの隠れるように来る理由だった。

「この、ヤマと大島は二人組ませて仕切らせて大丈夫だぜ」

 おれもそう考えていた。ヨーさんの太鼓判が押され、おれは一安心した。

「で、おれも今年は行けるから、仕切りは二組だな。もう一組欲しいなあ。でもあとの五人はどう見てもサポート役だよな」

「えっ、ヨーさん行けるの?」

「あァ、じっちゃんばっちゃんが困ってるんだぜ。こんな所にいられないよ」

 三年目から雪下ろしツアーに加わったヨーさんは、去年初めて休んだ。痛風になってしまったからだ。

「考えてみればさァ、去年ヨーさんが痛風になったこと自体、おれたちが歳取ってきちゃってる証拠なんだよなァ」

「まァそうだな。この名簿のバッテン付いてる奴の中にも、体こわしちゃったから行けないってのがいるかも知れないぜ」

「不景気な話だな」

「あァ、そうだな。だけどなんとか頑張らなきゃな。キャンセルなんてことになったらばっちゃんたちはどうすんだよ」

 それから少し雑談して、ヨーさんは帰って行った。おれは意を決して名簿を開き、片っ端から連絡を取っていった。こちらから連絡を取れば相手にもプレッシャーをかけるし、やはりこちらも断られ続けると気持ちが沈んでくる。しかし遠慮してるひまも、沈んでるひまもない。ヨーさんの言ったとおり、知り合ってから十歳分体の弱った一人暮らしの老人たちの上に、今もしんしんと雪が降り積もっているのだから。