まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集④「相続」
10/10(2011.6.13更新)



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 「ありがとうございます。これで相続書類が全て揃いました」

 市本がチェックを入れ、ホッチキスでそれらを留めると京行と和子に礼を言った。

「そんな、市本さんの説明がよかったからですよ」

「そうよ、この子だけだったら何も出来なかったわ」

 和子の言葉にコミカルな態度で、まったくその通りです、と言うと、和子はキョトンとした顔で数秒間かたまってしまった。

 春日部の姉の家で印鑑証明書を貰い、協議書に実印を数ヶ所、署名の下と割印と捨印とを押してもらって戻ってきたのは九時に近い時間だった。

 和子は姉の様子を尋ねたが、京行はいつもと同じだったとお茶を濁した。

 夫婦して金融関係に勤める姉は取り付く島のないような性格で、小さい頃から折が合わなかった。春日部の姉夫婦の家に行くと、いつも冷ややかな目でネチネチと一方的に言われるのだった。

 今回はさらにひどく、

「やらずぶったくりの司法書士にいいように使われて」

と言われた時にはさすがに言い返しそうになったが、ぐっと堪えて書類を受け取ると逃げるように戻っていった。市本と会う前の京行が持っていた司法書士像って、そういえば姉の旦那だったなと武蔵野線の車内でハッと気付いた。

 まあとにかく、姉の態度は和子には一切口にしなかった。親子間、兄弟間の不調和を、無用に煽り立てることはない。

 市本が請求書を出した。報酬欄が素人目に見ても安かった。

「この前ご説明しましたように費用欄は登録免許税として申請書に貼る印紙の額ですので値引きすることは出来ません。ちょっと額が大きいですが、これはお母様に取ってきてもらった評価証明書に載っている額の三分の一に千分の六をかけたものです。報酬は大幅に引いています。こちらは動いていませんので」

 市本は最初に来た時と同じくさらりと説明すると、

「それでは明日、申請致します」

と、最後に表情を引き締め二人に一言伝え、村中家をあとにした。

 京行はのんびり過ごすということが大の苦手で、この件が終わったら山小屋へ行く支度をすぐに始めようと考えていたのだが、その日は珍しく何もする気が起きず、母の和子と二人で、テレビをぼんやり見たり、お菓子を食べたり、時折ボソボソと取り留めのないことを話したりして過ごしたのだった。


          ― 了 ―

「相続」は今回の更新で連載終了です。
流辺硫氏の次回連載をお楽しみにお待ち下さい。
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