まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日3(曠野すぐり)・
宇都宮競馬場(b) 2011.9.5


(2)


 三月十四日、月曜日。俺はあるターミナル駅にいた。徹夜明けなのでフラフラしている。

 晴れてはいるが寒い。何か腹に詰めれば体もあったまるだろうが、そうすると眠くなるので俺はガマンした。

 これから宇都宮競馬に向かうべく、しばらくの間電車に乗りっぱなしになる。わざわざ有給休暇を使ってそこに行くのは、今日で宇都宮競馬が七十年の歴史に幕を下ろすからだった。おととしが足利、三ヶ月前が高崎、そして宇都宮と、これで北関東三場全てが廃止され、北関東から競馬が絶滅してしまったのだ。

 正直、先の二場に比べて通った数も少ないし、思い入れは少ない。もしこれが逆の順番で廃止になっていたら仕事を休んでまで行っていなかったかも知れない。しかしこういう順番でなくなる以上、やはり三場全てに足を運びたいと俺は思った。北関東から競馬がなくなる日を、この目で見てみたかったのだ。

 長く電車に乗るので、俺はとりあえずトイレに行っておこうと思った。

 ターミナル駅とはいえ、ラッシュ時の過ぎた月曜の朝のトイレはガランとしていて、いくつかある金隠しは全て空いていた。

 ふと一番左はじを見ると、詰まりからか、金隠しに黄色い水がすり切り一杯になっている。あと一人分注ぎ足せば確実に溢れ出す状態だ。誰もいないからか、俺はそこを溢れさせたい衝動に駆られた。そして近寄っていったのだが、やっぱり大人気ないなと思い直して三つ離れた金隠しの前に立った。

 すると作業服を着た男と駅員の二人が、お、ここだここだと言いながらトイレに入って来た。そして詰まっている金隠しを囲んだのだった。

 俺は安堵のため息を心からついた。もし衝動のとおりに行動していたら、今頃あの二人の冷たい視線を浴びながらの、おそろしく気まずい放尿の一時となっていたはずだ。作業員はペッコンペッコンと、詰まりを解消するゴムの道具をリズミカルに使い、駅員はその横でじっと腕組みをしている。

 手を洗った俺は、詰まりが取れて溜まった水が一気に流れるコーッという景気のいい音を背中に聞きながら、トイレをあとにした。

 電車に乗った俺はすぐに眠りについた。






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