まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日(曠野すぐり
足利競馬場(1) 2010.12.15

(1)

 二〇〇三年 二月二十八日

 すいた電車に乗り込むと、人が安定を求めているのがよく分かる。車内の座席が端っこから埋まっていくからだ。

 真ん中に座った場合、左右に座った者の人数やヒップのサイズなどにより、送り膝でこまめに移動を強いられることになる。しかし端ならば、状況によってちょこまかと動く必要はない。一旦座ってしまえば安定が保証されているのだ。

 車内の座席が端から埋まるのが自然の摂理である以上、了子が安定を求めて俺の元から去って行ったのも充分に納得のできることだった。なにしろ三十代も半ばというのに、未だ定職に就こうとしないのだ。不安定この上なかったに違いない。

 当然、十二年も付き合い続けた了子とよりを戻すには、定職に就く以外方法がないということは百も承知だ。しかし俺は頑としてそうしなかった。何故なら俺は、ミュージシャンだからだ。

 ライブ、スタジオ、その他バンドに関する諸々が予定に入った時、仕事があって身動きが取れないなんてことになっちゃァ、それこそミュージシャン失格というものだ。

 一年前のちょうどこの日、了子が、このままこんな生活を続けていてもラチが開かないと言い出した。

 俺は黙っていた。たしかその慣用句は競馬場の埒からきてるんだよなァ、などと考えながら。すると了子が続けた。

「ねェ、ギターやめたら?」

 俺はいつものように茶化した返答をしようと思ったが、了子の俺を見る目が真剣だったので、せっかく思いついた茶化しの言葉を飲み込み、ぶっきら棒に一言、やめねえよと答えた。

 そう、と了子は言い、目線を上に向けた。そして再び俺の方に向き、

「じゃあ、あたしがあなたをやめるわ」

 と静かに言った。

 その日以来、俺は一人になった。

 去る者は去れ! 俺はギタリストらしくギターを弾き続けるだけだ。

 そう突き放して言いたい。しかし実際のところは寂しい。だけどもそんなこと人に言うわけにはいかないので、俺はこうやって日記に書いているのだ。

 日記は今日でなんと十五冊目、丸々十七年になる。毎日欠かしたことがない。簡素な記載で済ます日を許しているのが、長くもったいちばんの理由だろう。「特になにもなし」という言葉が、十五冊分の中で最も出てくる言葉なのだ。簡素すぎるきらいもあるが、なにも書かないのと比べると雲泥の差だ。

 俺にとっては財産なのだから、時折は読み返す。恥ずかしくもなるが、そういえばあの頃、などと当時を思い出し、懐かしさも感じる。しかし一つだけ、許せない程恥ずかしいものがある。それは、詩だ。

 これだけは恥ずかしくて、読み返す気になれない。俺はそれを悟って以降、詩は絶対に載せないことにした。だから四冊目から後の日記に、詩は一つも載っていない。

 久々に長くなってしまった。寂しさが人を筆まめにするのかも知れない。なんて情緒的なことを書くと、後々また恥ずかしい思いをしなくてはならないのだ。



次へ

(2010.12.25更新予定)
※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。