まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日3(曠野すぐり)・ | |||||||
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宇都宮競馬場(a) 2011.8.26 |
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(1) 仕事→寝る→仕事→寝る→仕事……。退屈極まりない人生だが、やってやれないことはない。しかしこれが、仕事→寝る→仕事→仕事→寝る→仕事→仕事……、ときたらどうだろう。これはもう、退屈を我慢すればよいだけでは済まなくなってくる。退屈かどうかより、むしろ「健康」というキーワードの方が重要になってくるからだ。 残念なことに、今の俺の生活は後者の方だ。残業などという甘っちょろいものではなく、徹夜仕事が連チャンで入ってしまう。 もちろん仮眠は取る。しかしきっちり一時間だけ。工場の連中が順繰りに事務所で雑魚寝するのだ。疲れがたまっているときなどなかなか起きられないが、ご丁寧に次の仮眠番が抱え起こしてくれる。 そんな忙しいんじゃさぞかし景気がいいんだろうとヒトビトは思ってしまうところだが、そうではない。実情は逆で、まったくの不景気だ。残業の入らない日など、就業時間中に車座になって世間話をしているくらい仕事がない。仕事量が日によってマチマチなのはどこでもそうだろうが、なにしろすごくあるかまったくないかの二つに一つなのだ。 印刷業界全体が不況の真只中だ。ご家庭のパソコンとプリンターでかなり精巧な印刷物を簡単に作れてしまう時代。だから印刷屋の景気が悪くたってなんら不思議ではない。 受注が減った分、残り少ない得意先を失うまいと、工員の事情などお構いナシに依頼を受ける。その得意先の一軒が特にひどく、昼過ぎに注文して翌朝までに仕上げろという無理を言ってくるからたまったもんじゃない。今まではその都度交渉して無理をやわらげてもらっていたが、昨年末くらいから無理を百パーセントのんでしまうようになった。そのため、急の徹夜勤務なのだ。 徹夜仕事だってあらかじめ分かっていれば、それほどつらいものではない。前日早く寝て、体調を整えておけばいいだけのことだ。しかし夕方三時の休憩中に、 「わりぃけど今日徹夜な」 などと伝えられたんじゃ、これはさすがにこたえる。ましてや深酒の翌日なんかだったら、深夜から明け方にかけてはそれこそ苦行僧の修行そのものだ。 そんなつらいつらい徹夜仕事だって、実は悪いことばかりではない。残業代がなかなかバカにならないからだ。 とりあえずまとまった金を貯めようと思っている俺には、月数回の徹夜仕事は正直ありがたくもあった。家族のいる者にとってはいろいろ大変だろうが、俺には家で待つ者もおらず、お付き合いしている異性もいないので、徹夜と急に言われたって呑みの約束をキャンセルする程度だ。 村本と会った翌月から、俺は着実に金を貯めていった。何を始めるにしても多少の持ち合わせがないと話が進まない、という村本の言葉は考えれば考えるほどうなずけたからだ。 酒場で友人達と、何かやろうぜ、始めようぜと喋り合う……。取りとめのないバカ話もいいが、未来のビジョンを語り合うのは男にとって、胸のときめく時間なのだ。しかし今のままでは話だけで終ってしまう。で、何も策を練らないと、この今のままが永遠に続いてしまうことになる。いずれ齢を取って先がなくなると胸のときめく話も出なくなり、酒場で盛り上がることだってなくなり、結局は仲間との付き合いも消滅していってしまうのだ。そいつは実にさみしいことじゃねぇか。 俺はそうならないように、とにかく三年間じっと金を貯めてみることにしたのだ。 大体月に六、七万。通帳の額はどんどん増えていった。友人の中から一番堅い奴を選んで、貯金を安全かつ有効に増やす方法を教わった。某都市銀の外貨預金がいいよ、とそいつが言い、早速申し込みに行った。そのお陰で俺の金は安全に、ほんの少しだけ増えた。 友人のそのマジメ君は、俺の意図を正確につかみ、実に的確な情報を与えてくれたのだ。おそらく他の奴に訊いたら、 「武豊の一番人気に全額!」 なんて答えが返ってくるに決まっているのだ。マジメ君の的確さを体験できただけでも、金を貯めた甲斐があったというものだ。 まあ、いずれにしてもあと一年ちょっと、爪に火を灯していく予定だ。そのためには残業代は欠かせない。 しかし金の方では着実に成果が上がっていった一方、遊びの誘いについてはイマイチ成果がない。どんなに疲れていても、こりゃ馬鹿らしいなと思っても、村本の言葉を守って律儀に付き合ってはいるのだ。しかしどれをとっても発展性の感じられないただの呑みで、ガッカリの連続だった。 村本にぼやきの電話を入れると、 「そんなガツガツするなって。もっと気楽にな。チャンスってなぁな、思いもかけないところから話がわき上がって来るもんだから。本来そういった人付き合いの諸々ってお前の方が長けてるじゃんか」 などと、あの熱血漢に諭される始末だった。 「そういえばお前、金太郎に会ってるか?」 村本がいきなり話題を変えた。金太郎とは高崎駅でだるま弁当を用意していた奴で、本当は恭太郎という名前なのだが、ちっとも緊迫感を感じさせない顔、口調と、あくまで丸さを追求した体型から、絶対こっちの方が雰囲気が合ってると、呼び名を金太郎に変えさせられてしまったのだ。金太郎はドラマーで希少価値のパートだったが、奴が入るとバンドがいきなりコミックバンドの様相となってしまうのでクビにしてしまった。ドラマーをクビにしたのは後にも先にもそれ一回だけだった。 普通、メンバーでなくなると付き合いもなんとなく切れてしまうものだ。駄洒落君もそうだった。しかし金太郎だけは別で、むしろメンバーでなくなったあとの方が付き合いが増えていた。 「うん、金太郎ちょくちょく来るよ」 俺は何故村本がいきなり奴のことを言い出したのか不思議に思いながら、答えた。 「そうか。お前、奴は絶対近くに置いておけよ。で、そうだな、お前からも色々誘ってやれ」 「いいけど、なんで?」 「あいつはああいった体型だからみんな気付かないけど、切れ者だぞ。さすがにバンドに関しちゃ場違いな奴で終っちゃったけど、ギターやめた今のお前には必要になる奴だから。きっといいブレインかパートナーになるぞ」 村本の人物評は的確だと、仲間内では有名だった。村本が言うなら、おそらくそうなのだろう。 これで三度目になるなと思いながら、俺はまたもや村本の意見に全面的に従う決心をした。 |
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