まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日2(曠野すぐり)・ | |||||||
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高崎競馬場(1) 2011.3.5 |
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(1) 雪が降ってきた。大晦日に雪が降るなんて情緒的だが、俺にとっては困った代物でしかない。何故なら俺は今日、二年ぶりに車の運転をしているからだ。できるだけ穏便にハンドルを握らせてほしいと考えるのが人情というものだろう。しかしそう願っても、落ちてくる雪の量は増えてゆくばかりだ。 この冬は雪の当たり年のようで、一昨日もかなりの降雪量だった。仕事納めの日で職場の大掃除だったので、さんざんな日になってしまった。世の中全体がくそ忙しい日で、みんなうんざりしていたに違いない。あの日雪が降って喜んだのは、大井競馬場の東京大賞典を逃げ切ったアジュディミツオーの関係者だけだったろう。 やれやれと思いながら、今朝、レンタカー屋を出発した。これが他の用件なら取り止めていただろう。しかし思い入れの深い高崎競馬が今日をもって八十一年の歴史に幕を下ろすとあっては、なんとしてでも行かざるを得ないのだった。 高崎競馬場は足利と同じ北関東に属する競馬場だが、住宅地にあるので周囲の眺めは足利より落ちる。しかし交通の便はよくて開催日も多いので、足を運んだ回数は足利より多かった。俺にとっては質の足利、量の高崎といった感じだが、どちらも極めて思い入れの深い競馬場だった。 俺のマイナー好きは競馬だけでなく道路にも反映されていて、高崎線沿いの国道十七号を避けて八高線沿いを進んで行ったのだが、これは大きな失敗だった。小川町を過ぎた辺りで雪が激しく降り始め、寄居手前では道にうっすら積もっているのだ。車のタイヤが踏まない道の端やセンターライン付近は、かなり積もってしまっている。 俺は段々焦ってきて、お尻がむずむずしてしまう。どうしよう、とここら辺りでようやく真剣に今後の展開を考え始めた。 おそらくこの激しい降り方では高崎まで辿り着けない可能性が高い。このまま降り積もれば、どこかでチェーンを巻かなければならないだろう。車の運転が二年振りならチェーンを巻くのは十年振りだ。果たしてそんなキャリアで、ホイッと降りてパッと装着できるだろうか。百メートルを全速力で最後に走ったのも十年前。アルバイト先が加盟していた団体で春の大運動会をやっていて、百メートル走があったのだ。不況で運動会が行われなくなり、それ以来俺は百メートルを全力で走っていない。今それをいきなりやれと言われても、果たして肉離れせず、足ももつれずにちゃんと走りきれるかどうか。十年のブランクはそれくらい大きいのだ。百メートル走とタイヤのチェーン巻き、どちらが難しいかといえば、当然後者に決まっている。 その面倒さを考え、また俺は尻をむずむずさせる。 それにこれはあまり考えたくないことだが、この車には果たしてチェーンが積まれているのだろうか。 それならば、車をどこかに置いて、電車で行くという手もある。高崎競馬場は高崎駅から歩いて十分程だから、これは有望な考えだ。しかしこれもまたひとつ問題がある。それは俺が、八高線沿いの道を選んでしまったことだ。これが高崎線沿いなら迷うことなく、どこか駅前の駐車場に車を停めて電車で行っただろう。十五分に一本は通っているのだ。しかし八高線、特に高麗川以北の非電化区間となるとそうはいかない。一時間半に一本のローカル線なのだ。どれくらいローカル線かというと、時刻表が平日と休日に分かれていないくらいだ。せっかく駐車場に車を入れて駅に向かっても、電車がなくてレースに間に合わなければ意味がない。高崎競馬自体、このままの調子で雪が降り続いたらレースが中止になる可能性が高いのだ。 どうしよう……。俺は迷った。 それにしても金があることがアダとなってしまうとは、と俺は皮肉を呪った。 普段なら、金がないからレンタカーなど借りずにおとなしく電車で行くところなのだ。しかし五日前の有馬記念で小儲けし、それを昨日のケイリングランプリで増やすことに成功した俺は、夜、思いついて近くのレンタカー屋に予約をしに行ってしまった。レンタカーなら行き帰りの寒さも気にならず、しかもお気に入りの英国ロックを、部屋では聴けない音量で流しながら行ける。どこであれ三十秒あれば眠りにつける俺だが、昨日の夜は久方振りのゴージャスな大晦日が楽しみで、まるで遠足前の子供のように興奮して、十分ほど眠りにつけなかった。 それがなんと、尻がむずむずする結果になろうとは。 ブレーキを掛けた時に少しズズッとリアが流れたのに恐れをなし、俺は車を置いて電車で行くことに決めた。元々各ギャンブル場も公共機関での来場を望んでいるのだ。 群馬藤岡という、八高線の非電化区間ではそこそこ大きな駅ということが幸いして、止められそうな場所はすぐにみつかった。俺はIで始まる大手スーパーの駐車場に入り、後ろの座席に放り投げてある衣類を全て着込むと、車を降りてカギを掛けてもう一度、ちゃんと閉まっているか確認し、窓ガラスも閉まっているかチェックした。もしかしたら電車が不通になり、ここへ戻って来られないかも知れないからだ。 ツイていたのは、この大手スーパーが元日も営業しているということだ。なんなら明日、車を取りに来ることも可能なのだ。一日くらいの延長料金ならタカが知れている。俺はふと、地元の同じスーパーで働いている友人を思い出した。ここは元日すら社員を働かして、家族と過ごさせないひどい会社だと言っていたのだが、今の俺は、その元日営業の恩恵を受けようとしている。いいのだろうか、俺なんかが受けてしまって。 群馬藤岡駅で時刻表を見る。やはり、と俺は肩を落とした。電車は十分前に行ったばっかりで、あと一時間以上待たなければならない。そうなると高崎に着くのは昼過ぎで、中止になっている確率が高い。一刻を争うので、仕方なく駅前のタクシーに乗り込んだ。高崎まで約十二キロ。おそらく五千円程だろう。出費はもったいない気もするが、足利のラストだけこの目に収めて高崎はダメでしたでは話にならない。 競馬場までなんて言うと、運ちゃんにいろいろと話しかけられそうなので、高崎駅までと簡潔に告げてバックシートにもたれた。 運転手は痩せぎすの老人で、視力の衰えを、できるだけ顔を前に出してフロントガラスに近付けることによって補おうとしているようだった。後ろから見ても分るくらい、ハンドルより顔が前に出ているのだ。ブレーキのタイミングも遅く、ハラハラさせられる。チェーンを巻いているのが唯一の救いだが、頼りないハンドル捌きは思わず体が突っ張り、極度の緊張を強いられる。金を払った上に冷や汗をかかされるのでは、どうにも割に合わない。 車内は静まり返っている。気詰まりを解消するためになにか話しかけようかと思ったが、運転手の肩越しに感じる緊張感を察すると、とても声など掛けられる雰囲気じゃない。それに彼は今、気詰まりなどとは無縁の世界にいるにちがいない。 仕方なく、俺は運命に身を任せ、できるだけ前を見ないようにした。左側の車窓から雪の街並みをぼんやり眺めつつ、物思いに耽る。うん、悪くない。いや、悪くないどころか実にいい。しんしんと、田舎町の民家に雪が降り積もっているのだ。 しかし残念なことに、その物思いはじっくりと耽ることができない。危なっかしい運転が気になって、どうしても前に視線をちらちら向けてしまうのだ。そのためぶつ切りの物思いとなってしまう。 |
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続く(2011.3.15更新予定) | |||||||
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※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した 同書名著作物を改訂したものです。 |
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