まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日2(曠野すぐり)・
高崎競馬場(3) 2011.3.25


(2)


 あまりの寒さに、コーヒーを立て続けに二杯飲んだ。一杯は缶、もう一杯は紙コップのだ。それで少し元気が出て、パドックやオッズを見たりしながら場内をうろついた。足利の時と同様、明日からなくなる競馬場を目に焼き付けておくためだ。

 建物の外に出ると雪がたくさん積もっている。もちろん馬場にも。これはおそらく中止になってしまうだろうと俺は思いながら、場内を端から端まで歩く。

 新潟にあった三条競馬の最後の日は、雪で丸一日中止になってしまった。それから考えればマシだが、できればきっかり最終レースまでやり遂げて欲しい。

 年末でキリもいいから、中止になったって代替の日なんてわざわざ取らないだろう。だから途中で中止になってしまったら、毎年大晦日にやる伝統の『高崎大賞典』はやらず仕舞いになってしまう。どっちにしたって廃止、と言ってしまえばそれまでだが、できればちゃんとした形で幕を閉じてほしい。

 地方競馬の廃止は、実際大赤字なのだから世の中の趨勢として仕方のないことだと思っている。誰が努力したって止められるもんじゃないだろうとも。俺だって残してほしいと願う熱烈なファンだけど、それくらいは承知している。でも、些細なところで配慮が足りないところを見せ付けられると、やっぱりつぶれたのは取り仕切ってる連中の努力不足なのかなァ、などと思ってしまう。

 何故代替のしにくい年末を最後にするのだろう。キリがいいからってパッと決めたとしか思えない。例えば一月とか二月を最終日にすれば、中止になったときの代替も感覚的にやりやすいじゃねェか。二〇〇五年の一月二月の祝日は土曜日曜とくっついてるんだから、その真ん中の日曜日を最終日にすればよかったんだ。そうすりゃ雪で中止になっても一日延ばせば済む話だ。北関東で冬に雪が降るというのは珍しいことじゃねェんだから、こういった事態も考えてもらいたかった。

 まぁ、さまざまな理由が混ざりあってんだろうなァ。でかい出来事っていうのはいろんなファクターが絡み合ってるもんだから。

 ぼたん雪があまりに激しいので、傘が重い。今度は建物の中をうろつき始める。

 場立ちの予想屋も大変だァ、と、俺は一段高いボックスに入ってダミ声を響かせている男を、離れた所から見つめた。

 中央競馬と違い、公営競馬には場内で予想屋が店を出している。八百屋のオヤジよろしくダミ声をまくし立てているその予想屋に百円を差し出すと、次のレースの買い目を三点くらいスタンプで押した紙片を手渡してくれるのだ。

 公営でも中央競馬に匹敵するくらいの規模の大井競馬では、予想屋のボックスがずらりと並んでいる場所がある。的中率はともかくとして、中には漫才師などメじゃないくらい話術に長けたのもいて、そういったところには人だかりができている。

 足利もそうだったが、ここも規模が規模なので予想屋は場内に三人程度しかいない。入場者の少ない競馬場では売り上げも悪いみたいで、北関東の予想屋は桐生競艇や伊勢崎オートとの掛け持ちだ。そんなだから、稼ぎ場所がひとつ減るっていうのは大打撃だろう。俺はついつい、哀愁漂う目で彼らを見つめてしまう。

 寒さをしのげればと指定席売場に行ってみるが、案の定売り切れだった。今日は早い時間から売り切れになったと聞き、俺は唸ってしまった。どうも足利よりもここの方が、廃止に関心を持たれている様な気がしたからだ。見回すと人の入りも悪くない。多少なりとも足利より高崎の方がメジャーな競馬場だからだろうか。それとも交通の便がよいからだろうか。足利の時から二年近く経って、人々の競馬場廃止に対する危機感が強まったからだろうか。

 それらもあるだろうが、一番の理由は時期だろうと俺は思った。足利最後の日が三月の月曜日、それに対してこっちは大晦日ときている。どちらが人を集めやすいかは明白だ。さっきは最終日について辛らつな言葉がわき上がってきたが、少なくとも足利よりは温情があると認めてやらなきゃいけない。

 ここの指定席、前の二列はガラス越しに日が燦々と当たって売り物にならないので、タダで配っていた。俺はそれを、よく手に入れていた。

 その指定席が懐かしい。もうそこを見ることはないのだ。俺は仕方なく、中から体を温めるべく、自動販売機の方へと歩いて行った。




前へ 次へ


※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。