まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日2(曠野すぐり)・ | |||||||
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高崎競馬場(2) 2011.3.16 |
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そういえば去年のこの大晦日、などと考え始めた時に、ブレーキとリアタイヤのちょっと滑っている感触。で、前に視線を向けると車間はしっかり空いているので、安堵して再び深く座り直して車窓に目を向ける。それで、どこまで考えていたんだっけと眉間にしわを寄せ、そうそう、去年の大晦日のことだ、と思い出した途端、またブレーキの感触で前へ視線を、となって物思いはちっとも前に進まない。 つくづく電車で来ればよかったと、後悔が頭の中を渦巻く。高いレンタカー代にタクシー代。その分を馬券にまわせたのに、といつものようにみみっちい後悔をする。 それでもしかし、東京を出発してから八高線沿いに入るまでの一時間ちょっとは、暖房と素晴しいギターミュージックにやわらかく包まれていたので、レンタカーもまったくのムダというわけではなかった。 二年振りなので初めの十分程はおっかなびっくりの運転だったが、ずっと前に運送屋のアルバイトで鍛えられていたので、すぐにハンドル捌きもスムーズになった。時折ゴミのような雪が舞う、どんよりと曇った冬の景色の中、助手席に撒き散らしたテープをとっかえひっかえしながら、さまざまな身の回りの事柄をぼんやり考えていた。一年の締めには悪くなかったのだ。 思い出してしまうのは、昨年三月の足利競馬最後の日のことだった。あの日が、俺にとってのひとつの大きな転機だったからだ。 あの日の翌日、俺は持っているギターを、一本だけ残して質屋に持って行き、残した一本のギターも押入れ深くに仕舞いこんだ。そして数日後にアルバイトを辞め、定職を探すべく職安に通い出した。足利の最後の日を味わい、俺ももっとしっかりしなきゃと痛感したのだ。 一ヶ月もしないでめでたく採用が決まり、俺は生まれて初めて正社員として働き出した。 そしてそれから一年と九ヶ月、今もその会社で働き続けている。 俺もやるじゃないか、と思いたいところだが、正直に言ってしまえば、アルバイトより正社員の方が、断然ラクなのだ。 給料が安定しているし、休日も一定。年末年始もしっかり休めるとくる。バイトの身の上の時は、年末年始にしっかり休んだ記憶がほとんどなかった。さらにはボーナスや有給休暇。大企業や新卒者から比べれば俺のもらっている額や日数なんてたかが知れてるんだろうが、アルバイト時代と比べれば天地の差だ。そういった正社員のメリットに対して、デメリットはまったく見当たらない。社会に拘束されているというがんじがらめの意識が全くわかず、ほんと、今までどうしてあんなに肩肘張っていたんだろうと思ってしまった。だからこんなさえない三十代を送ることになってしまったんだなァ、とつくづく後悔した。 正社員一周年を迎えた俺は、素直に感謝の言葉を述べようと、ギターに見切りをつけさせてくれた村本に連絡を取り、酒を奢ることにした。 しばらく与太話をしたあと、俺は必要以上にかしこまって礼を言った。俺の方としては若干シャレの要素を含めたつもりだったが、村本の方は真剣に受け取り、キッと厳しい表情になって腕組みをしながら俺を睨みつけた。 「お前、いいか、今から俺が言う二つのことを、とにかく守れ」 村本は低く落とした声で、ゆっくり言った。もともと演出過剰気味なところのある男なのだ。しかし奴の言葉には実績があるので、俺は二つのこととは何だ、と真面目な面持ちで聞き返した。 うむ、と頷いたあと、いいか、よぉく聞けよ、とさらに低くゆっくり村本は言った。耳の穴かっぽじって、と付かなくてよかった。そのセリフが付いてたら俺はふき出しているところだった。 「まず、三年間捨てろ。そしてその三年間で、これを実行するんだ」 と言い、ポケットから名刺様のメモ用紙を出した。 ①金を貯めるコト ②遊びの誘いを断らないコト メモ用紙には、この二つが書かれていた。 「いいか、この二つだけは守ってくれ。そうしたらお前のことだ。なにかしらの話が舞い込んできて、それがモノになるから」 奴の大根役者ぶりに笑いそうになり、頬がひくついた俺は、それを悟られないために俯いてしかつめらしくメモを見つめていた。用意のいいこったと思いながら。だいたいなんだよ、語尾のカタカナは。だけど、どういうわけかその文字には迫力があり、それを見ているうちに、もう一度騙されたつもりで従ってみようと決心したのだった。 どうにか一時間弱で高崎に辿り着く。駅の反対側の競馬場までと伝えたが、ハイと答えが返ってきただけだった。運ちゃんというものはギャンブルが好きにちがいないと思っていたが、この人はそうではないらしい。それとも話しをする余裕がなかったのだろうか。 とりあえず間に合ったようだ。俺はタクシーから降りるとビニール傘を開き、競馬新聞を買っていよいよ入場門へと向かって行った。 |
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※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した 同書名著作物を改訂したものです。 |
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