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足利競馬場(10) 2011.2.15

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二〇〇三年三月三日 Ⅲ

 いよいよ最終レース、足利記念。パドックに馬たちが姿を現し、周回している。

 泣いても笑っても、この場所で馬が走って馬券が売られるのはこれが最後。明日からここは砂の敷かれたバカでかいトラックと、吹き抜けの異様な建物となる。

 足利記念はこの競馬場での大レースだ。中央競馬に当てはめると天皇賞といったところ。その重みのあるレースも今回で第三十三回目だが、三十四回目が行われることはない。

 北関東の名だたるオープン馬たちは、それまでの平場レースに出走していた馬たちとはひと味もふた味も違う馬体の張りと風格がある。

 チキショウ、とむしょうに呟きたくなる。きっと厩務員や調教師は最後の大レースに向けて入念に、丹精込めて馬を仕上げたのだろう。最近では市町村合併がよくあるから役所だって閉鎖する所があるだろうが、最後の日に向けて住民票を吐き出す機械を入念に手入れする役所の人間がいるだろうか。いないだろうなァ。だから違うんだよ。同じ役所の手掛けてるものでも、思い入れが。いいのかよ、そういったものを簡単に潰しちゃって。

 ジョッキールームから九人の騎手が出てきて整列する。並ぶ、礼をする、馬に駆け寄る。全てがここでの最後の動作だ。騎手を背にした馬たちは小さなパドックをもう一周だけすると、馬場へと向かって行く。

 ジョッキールームの上にかかる手書きの出馬表。あれ、好きだったんだけどなァ。中央競馬の電光掲示板なんかよりよっぽどよかったんだけど、あれも今日で見納めだ。

 誘導馬に引かれて本馬場へ出てきた九頭に、ポツリポツリと声援が飛ぶ。一枠が十一歳馬で二枠が九歳馬。このレースの平均馬齢は七歳だ。それを踏まえて見ると全体的によたよたした感じがしないでもない。だがそれは先入観というものだ。皆しっかり仕上げられ、どれもレースで走る予感を与える馬体だ。

 返し馬に入って馬が次々走り抜けてゆく。俺は馬券を買いに窓口へと向かった。

 さて、何を買おう。二〇〇三年三月三日、しかも第三十三回。三枠に気持ちが動くが、俺はすぐにそれを振り払った。最後の最後にケントク買いじゃ、バチが当たるってもんだ。

 俺は若い馬を一頭、高齢馬を一頭と決め、パドックを見ていた時に付けておいたチェックを元に馬券を買うことにした。で、選んだのが、高齢馬の方が二枠のシンボリメロディー、若い馬の方がレザーネックとトウショウゼウスを迷って、結局唯一四歳馬のトウショウゼウスにした。そして俺は窓口に向かい、その二頭の馬券を買うと、再びゴール前に戻った。

 最終的に一番人気は十一歳馬のサンエムキングだった。ここらへんも地方競馬ならではで、実に泣けてくる。中央じゃトウカイテイオーだろうがオグリキャップだろうが、ちょっと着順を落とすと一番人気の座からすべり落ちてしまう。まあ心情馬券をあんまり買わないへそ曲がりの俺が言うことでもないが。

 千九百メートル戦という足利競馬にとっては長距離のレース。ファンファーレが鳴り、馬たちがゲートに入り、スタートが切られた。

 向こう正面を進む馬たちが徐々に縦長になってゆく。俺は心の中だけで歓声を上げた。俺の買ったトウショウゼウスが先頭に立ったからだ。

 ゴール前に坂がなく、小回りのコースでカーブがきつく直線が短い。その上砂が深くてスピードの出にくい馬場。地方競馬は圧倒的に先行有利だ。逃げられれば、半分勝ったといっても言い過ぎじゃない。

 この部分でも中央競馬より分が悪いんだよなァ。中央競馬の、広くてスピードの出るコースにゴール前の登り坂は、四コーナーどん尻の馬が直線一気にゴボウ抜き、なんてことが可能なのだ。ゴール直前まで何が来るか分からないスリリングなレースの方が、正直面白いに決まっている。

 一周目のゴール前を九頭が淡々と通り過ぎてゆく。トウショウゼウスが先頭。それはいいのだが、古豪、サンエムキングがピッタリ二番手というのが気になる。盛りをとっくに過ぎた十一歳とはいえ、元は中央競馬のオープン馬だったのだ。セリエBへの降格争いをするチームに移ったR・バッジオみたいなもので、ランクを落とした移籍先では充分に主役だ。おっと、たとえが古いか。向こう正面から三コーナー。我が(馬券を買っているだけで競馬ファンは誰もが〝我が〟なのだ)トウショウゼウスはまだ先頭だが、その差はぐっと詰まっている。




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(2011.2.25更新予定)
※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。