まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日(曠野すぐり
足利競馬場(9) 2011.2.15



 俺は競馬主催者に、世の中の流れに合わせて馬券の値下げを主張する。と言っても無理だよなァ。でもおかしいじゃねェか。世の中他のものは百円の価値が上がっていってるわけだろ。前よりよいものが百円で買えて、しかも買うものの選択肢が増えてるってことは。でも競馬は今も昔も百円で買えるのは馬券一枚こっきりだ。

 皆不況の風に財布の中身を削られちゃってるから、賭ける単位もどんどん小さくなってるんだ。しかも今や高配当の出やすい新馬券が次々発売されていって買いたい目は増えちゃってるんだぜ。これじゃ実質的には値上げだよ。

 そこでどうだろう。俺の案だが、五十円単位の馬券を発売してみては。競馬場に持ってく金額を変えないで二倍楽しめるんだぜ。これなら迷ってた万馬券も心置きなく押さえられるぜ。

 でも五十円への対応と機械が、とかって言うんだろうなァ、主催者は。だからこの馬券は百円単位にして偶数の販売にすればいいんだ。ピザだって半分ずつの味付けのやつがあるだろ。ああいう風にカップリングにしちゃえばいいんだ。ミュージシャン風に言うならな。

 大体において毎週競馬をやってる奴、まぁ主催者にとって一番のお客さんだ、そいつらが、あァもう競馬やめるって思っちゃうのってどういう時だか主催者は分からねェだろ。まあ実際にはそうスパッとはやめられねェもんだけど、当分はやめようと思ったりしばらく競馬場から足が遠のいちゃったりする時って、昨日の俺のようなことになっちゃった時なんだ。つまり好きな馬が久々に激走したっていうのに儲からなかった時なんだよ。だからPATみたいな在宅投票のシステムはかなり競馬ファン離れを防いでると思うんだ。行けなくて買えなかったってことが防げるからな。だけどそれだって、金がきちっと入金してあればこそだ。自分のお気に入りの馬が出走して、馬券を買える状況にあるのに軍資金が乏しいなんて時にゃ一体全体どうすりゃいいんだ。三着以内に入れば的中となる複勝馬券じゃ配当が安くて当たった気がしないし、単勝馬券を買って二着に来られた日には眩暈でその場に倒れ込んでしまう。自分だけ外れて連複で儲けてる奴が回りにうじゃうじゃっていう構図になってしまうんだからな。もしそんなことになって、近くから

「いやァ、あの二着馬押さえといてよかったよ」

 なんて声が聞こえたら、俺はそいつに掴みかかりかねない。

 じゃあ、その連複、つまり枠連や馬連など一、二着の二頭当てる奴だな、それを買えば配当もいいじゃねえかとなるが、そうすると結局たくさん買わなきゃいけないことになるんだ。

 競馬ファンはお気に入りの馬で人より儲けたいものなんだぜ。分かったか主催者。ちなみに俺のお気に入りはタップダンスシチーだ。今は佐藤哲三のお手馬と思われているタップだが、条件馬の頃は武豊、ペリエ、安藤勝が一度ずつ乗っていることを果たして何人が知っているだろう。俺が死んだら墓碑銘を、「タップダンスシチーを三戦目、若草ステークスの時から評価していた男、ここに眠る」として欲しい。

 だからつまるところ、馬券の値下げがファン離れの一番の特効薬な筈なんだけど、まあ俺の説なんかに耳を傾ける奴なんかいねェだろうなァ。

 いやぁ寒い。ここは川が近いからなァ。こんな日陰で丸くなってノートを埋めてる場合じゃない。もっともっと最後の足利競馬を見て歩かなけりゃならないのだよ。




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※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。