まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日(曠野すぐり
足利競馬場(7) 2011.2.5



「俺はお前が相変わらずの電話をかけてきたらこう言おうって待ち構えてたんだよ。だって他に言う奴いねェだろ。それにいくら才能があっても手遅れになるぜ。スポーツの才能がある奴だって三十過ぎて一念発起したって手遅れだろ。お前の周りだって齢取っていって独身者が減って集まりづらくなってんだろ。今なら間に合うよ。ギターやめてうだうだした生活から抜け出してなにかやってみろよ。お前ならモノになるし、また人も集まって来るから」

 村本の電話を切った後、俺は新たに電話を掛けるのを止めた。二十三人で友人の数は頭打ちじゃなかった。誘うだけなら、その倍はいけた。しかし村本の電話の後、俺は一人で行く決心をしたのだ。

 よし、分かった。ギターをやめよう。はっきりそう思った。ひとつくらい、人の意見に自分を丸投げしてみようと思ったのだ。

 さて、電車は、山でもなく、都会でもなく、さりとて住宅地でもない説明の難しいローカル地帯を進んでいっている。四十分程揺られたところで、山前駅に着いた。

 一つ前の足利で降りて、渡良瀬川の土手を歩いて行く手もあった。しかし俺はよりローカルな駅で降りる方を選び、競馬場へと向かって行った。

 通りを渡ってガソリンスタンドを曲がると、競馬場の駐車場だった。車はいつもより停まっているように感じたが、川の土手沿いの広大な敷地なので、あまり感じが掴めない。門を入り、赤いのと青いの、二種類ある競馬新聞の両方を買った。出費は痛いが、記念品のようなものだからしょうがない。そして近くにある掘っ立て小屋風の便所で用を済ますと、俺は、よし、と声には出さずに気合を入れ、馬券売り場の建物に向かって行った。

 というところまで、馬券売り場の一角で書き終えた。まだ五レースが終ったところ。少ない軍資金なので勝負はまだできない。これからパドックへ向うことにする。



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※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。