まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>北関東から競馬がなくなる日(曠野すぐり
足利競馬場(6) 2011.1.25



・早田 「月曜だろ。無理に決まってんじゃんか」

・俺 「でも最後なんだぜ。昔あんなに行ったじゃねえか」

・早田 「それに俺、もう競馬はやってねえんだ。まあ中央のG1くらいはやる時あるけど。それに誰も来ないだろ?」

・俺 「いや、来るぜ」

・早田 「誰が?」

・俺 「……山本とか」

・早田 「山本ォ? 相変わらずダボだなァ」

 山本は誘えば百パーセント参加するので、当時は皆から本人のいないところでダボとかダボハゼとか呼ばれていた。

・早田 「ところで了子さんは元気?」

・俺 「知らねえ」

・早田 「え、お前まさか別れたの?」

・俺 「あァ、別れたよ」

・早田 「そうか。別れたかァ」

 こんなやり取りを二十余名としたのだ。

 強く印象に残ったのは村本という、ベースをやっていた男とのやり取りで、切り際にそいつは、ちょっと待てよと少し言葉を荒げた。

「お前、こういう時はなァ、そんな風に穏やかに切るんじゃなくて、分かったよバカヤローって電話叩き切るんだよ。なにが、じゃあ色々ガンバレよ、だよ」

 俺は少し黙った。そして、

「まあそうだな。でも俺にはできないよ」

 と言った。奴も少しの間黙った。

「そうだな。それがでも、お前の魅力だったんだよなァ。だからあんだけ人が集まってきたんだよ。なァ、もうこういったことで電話かけてくるなよ」

 元々ストレートな物言いの男だったが、さすがにここまでズバッと言われるのはこたえた。だけどやっぱり俺は怒れず、ごめん、と一言謝った。

 電話の向こうが静まった。切られたのかと思ったが、変な雑音が少し混じっていたので、繋がっているようだった。

「ごめんじゃねェよ……。ホント言うとなァ、今なんかよりお前とつるんでた時の方がよっぽど楽しかったんだよ。だからこういった誘いがあるとぐらつくんだよ、気持ちが。小遣い月三万で、今日なんかだってウチの奴と昨晩ケンカして一言も口きいてねェんだぜ。それでももう前のようにはいかねェんだよ。なァ、またなにかやりてェよ。でもこういった遊びやバンドじゃだめだ。お前、バンドやめろよ、才能ねェんだから。もったいねェよ実際。他のことやったら多分うまくいくぜ。もっと発展的なことしろよ、そうしたら乗るぜ」

 ちょっと酔っているなと思った。何度も鼻水を啜っている。少し泣いている様だった。

「歌の下手な奴が練習して上手い奴を追い抜けるかよ。字の下手な奴がどんなに練習したって多少マシになるだけだろ。人間の持って生れた資質が決まってるって教えてくれたのはお前じゃねェか。だろ。お前の資質は音楽じゃねェんだ。

 イチローが横綱狙えるか?朝青龍が内野安打で稼ぐアベレージヒッターになれるか?二人とも一つのスポーツを極めた奴だから畑違いのスポーツをやってもそこそこは活躍できるかも知れねえ。でも記録を打ち立てるほどにはならねェだろ。要は適材適所なんだよ。

 お前には色々才能があんだよ。俺は十年以上見てきたんだからな。でもお前に一つ欠けてんのは、自分の才能がどこかって見極める才能だよ。じゃなきゃ自分のなりたいものと自分の持っている才能の違いに納得して折り合いを付ける才能だよ。今世に出てる連中と埋もれてるお前との差はそこなんだ。

 お前だってホントはバンドなんて無理だって分かってんだろ。傍から見てなァ、お前は自分が口にしてるほど意固地でも偏屈でもなかったぜ。嫌な奴とも付き合って、話したりしてな。ミュージシャンには見えなかったぜ。だからよォ」

 村本はそこで大きくしゃくり上げた。


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(2011.2.5更新予定)
※『北関東から競馬がなくなる日』は曠野すぐり氏が新風舎にて刊行した
同書名著作物を改訂したものです。