まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>人生ぶらぶら散策記(沖田数馬)第十二話
(2011.4.10更新)



介護のスクール


 就職活動に困っていたところ、「基金訓練」なるものを見つけた。受講料は無料で、月10万円の生活資金が給付される。

 介護をやってみようと思ったきっかけは、弟が「福祉の世界は奥が深くて面白い」と言っていたのと、幼稚園のボランティアの経験だ。人と関わり人に貢献する仕事がいいなと思ったのだ。

 
 スクールの教室は30名で、ひとつのテーブルに3列の座席。それがすべて埋め尽くされた雰囲気は、当初は息苦しいと感じた。年齢層も幅広く、20代~60代まで。女性20人、男性10人といった陣容だ。およそ3ヶ月の受講期間であるが、乗り切れるか心配だった。

 というのも、我が家から所沢のスクールの教室の扉を開けるまで2時間かかる。長期に亘った失業生活も手伝って、かなり生活リズムが乱れていた。持病の「うつ」も気がかりだった。

 
 講座は「座学」「演習」「実習」に分かれている。座学はそのとおりで座って授業を聞くので、たびたび睡魔に襲われた。重要な部分は教材にメモをするが、頭の半分は眠っているので、いま見ると読めない。「演習」は介護用具がある教室でベッドメイキングから排泄・口腔ケア・ベッドから車椅子の移乗などをチームになって交代で練習する。演習ではロールプレイもあって、交代で利用者さん役とヘルパー役を演じたりした。

 私はいつも「認知症」の役割を演じてみた。レクリエーションのゲームで、ボールを次の人に渡さなければいけないのにわざと落としたり、「食事を食べたばかりなのに食事をしていないと言う利用者さん」という設定もあって、「西武秩父の駅に牛丼屋ができたんだ」と言ってみたり。真剣ながらも楽しませてもらった。車椅子で外出するというのもあり、商店街や大型小売店に入ったこともあった。利用者さん役になることで、介護を受ける側の気持ちを体験するというのも重要なことで、これはスクールでしか経験できない。


 それにしても講師の先生方の熱意が尋常ではない。人を相手に命を預かる仕事ということもあって、時には厳しいお叱りもある。演習の教室が空いていたら自習してもいいというので、居残って練習をしたこともあった。武道の経験上、やり方さえ覚えれば体が勝手に動いてくれるというのは分かっていたので、練習あるのみである。また片道2時間かけて帰るので自習の時間は限られたが、先生からご指摘を受けたところを重点に練習をした。


 失礼だが、特に面白かったのは「人間模様」である。30人の烏合の衆だ。それぞれの人生の歴史があって、価値観が違うのも当然だ。口論になっているのを目撃したこともある。介護の職業訓練ではあるが、違った意味で人生の糧となりそうだ。生活リズムも取り戻すことができ、あとは就職することである。それがスクールの先生方への恩返しになるのだと思っている。




続く
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