まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>人生ぶらぶら散策記(沖田数馬)第十一話
(2011.3.30更新)



自転車の効果


 
 車を売却したことはあまり知られたくなかった。しばらくは黙っていたが、そうもいかず、ある喫茶店のオーナーに打ち明けた。すると、スタッフから使っていない自転車をもらえることになった。

 しばらく使っていないということで、自転車屋に持ち込んで安全点検をしてもらい、防犯登録も済ませた。後方の確認で自転車がふらつくといけないので、バックミラーもつけた。錆びていた前カゴは新品に交換した。

 自転車であるが、大学卒業以来、乗りこなしていない。東京や神奈川の都市部に住んでいたので自転車はかえって邪魔で、次第に使わなくなった。観光地でときおりレンタサイクルを借りたときは、何とか乗っていた感じだった。

 
 体というのはけっこう記憶力がいいようで、1週間ほど乗ると十数年前の感覚が蘇ってきた。車に乗っていたおかげで、一時停止も万全。信号で止まるときは自動車から自分の存在が見えるように前に出ておく。なんだ、いままで車を使っていた範囲のほとんどが自転車で行けるではないか。ある友達が「自分で車社会にしちゃっているんじゃないの?」と言っていたがまさにそのとおりで、交通不便な場所でイベントがある場合は知り合いに便乗させてもらうようになった。

 
 さりげない「発見」が次第に増えていった。車優先で歩行者や自転車が危ない場所もそうだが、ゆっくり街中を走っていると、店先にいろいろなものが並んでいる。もっとも脇見運転は禁物なので、風情がある商店街などは自転車を押して歩く。車からは見えなかったものが見え始めた。探検気分で細い路地に入ってみるのも面白い。人が来てすれ違えないと、お互いに「すみませんね~失礼します」と自然に挨拶のことばが出る。車にはない気持ちのゆとりが出るのだろうか。それとも秩父人の人柄であろうか。高齢者ほどあいさつが丁寧で、こちらの頭もさらに下がってしまう。そんな心のゆとりを与えてくれた自転車。


 思わぬ効果があった。自転車で運べる荷物はたかが知れている。余計な物を買わなくなったし、近くのスーパーで野菜スープの食材を探すのが楽しくなってきた。

 
 もちろんダイエット効果も狙っている。



続く
前へ